朱と青紅葉(奈良の記憶❷-Interlude)
料金を払い、お礼を言ってタクシーを降りると、自販機とトイレが目の前にあった。
奈良に到着してからというもの、ただここへ来ることだけを考えて慌てて電車にタクシーに飛び乗って来たので、トイレに寄って少し落ち着いてからお詣りしようと奥の個室へ入る。
見たところ公園のトイレのような造りだし、夏の蒸し暑い盛りだったから覚悟して入ったものの、緑に囲まれているからなのかコンクリートの壁はヒンヤリして涼しかった。
ありえないほど大きくて真っ黒なクモの出現に声にならない叫びを上げた以外には、何の問題もなかった。(ルドンの「蜘蛛」を想像していただければわかるだろう。)
トイレを出て拝観料を支払い、手水場で身をきよめると、夏にしては少し涼しい風がふわっと吹き抜けた。
山の緑がひときわ濃く揺れ、香った。
画像:オディロン・ルドン「蜘蛛」