朱と青紅葉(奈良の記憶❷-ⅰ)
雲行きがあやしい。
京都に着いた時は薄陽が射していたのに、奈良に降り立つと空が真っ暗だった。
とにかくお腹が空いていたし、どのみち雨なら今日と明日のスケジュールでもゆっくり組み直そうと、旧奈良駅舎のスタバへ入る。
サンドイッチをあたためてもらっているあいだ、紅茶片手に席について案内所の液晶に流れる天気予報を見た。
やはり予想よりも早く雨が降り出すらしい。
運んでもらったサンドイッチをかじりながら、メインの談山神社を明日に回そうか考え、乗継案内を開いた。
なんと快速電車が10分後に出発するらしい。
バスの時間もあって一時間後の快速に乗る予定だったが「今行けば雨に間に合う!」という根拠のない自信と「今こそタクシーを使うとき!」という謎の太っ腹根性が、突如湧いた。
あわててサンドイッチを包んでもらい、ドリンクごと手に持ったまま店を出、階段を駆け上がったり駆け下りたりしながら快速の電車へ滑り込んだ。
夏のテスト期間だろうか。
ところどころで地元の高校生たちが乗車してくるほかは、下り電車のせいもあってかあまり人が乗らない路線らしい。
ただ古代の日本に想いを馳せすぎて、車窓を流れる景色にいちいち感動し、纏向遺跡がある「巻向」・大神神社がある「三輪」で感極まっていちいち涙ぐむ始末だったので、人が少なくて本当にホッとした。
こんな天気でなければ途中下車し、纏向遺跡周辺や大神神社も訪ねるつもりだったが、今日のメインはとにかく談山神社と決めていたから強い心(?)で下車を思いとどまった。
桜井に着くとなんと薄陽が射していた。
途中駅で何度もポツポツきたのを見て、なかば諦めかけていたから俄然テンションがあがってしまい、駅舎から出る階段の最後の一段を盛大に踏み外した。
乗り込んだタクシーの運転手さんに行き先を告げると
「秋の紅葉が有名な神社なのに、こんな真夏によく訪ねるね」
と、驚かれてしまった。
JR東海の「いま、ふたたびの奈良へ」シリーズで、談山神社の「青紅葉」がPRされていることを伝えると納得されたようで、遠方から訪ねてくる人のほうが由緒とか建築様式に詳しいから、と笑っていた。
駅周辺を抜け、登り坂が始まる。
いかにもな山道に突入すると、景色も民家や畑がまばらになってゆき、何度目かのカーブでついに「多武峰」の標示が現れた。